時間の軸はそれぞれの個人が持っているものである. 時の流れとは,自分の頭のなかの記憶の積み重ねによるものであり,機械の劣化とは違う.しかし,機械がでてきてから,人は自分の中にある時間ではなく,機械にあわせた時間で生活するようになった.日々絶えずさまざまなものを交換し,変化していくことにより生まれる体内時計こそが生きるために重要なのではないだろうか?
自然界には必ず時間の方向がある. そこには非可逆性があり,エントロピー増大の法則がなりたっている. エントロピーが低い方が過去で高い方が未来というわけだ. つまり,ビデオで逆再生したときに不自然だと感じる現象は時間が進んでいるという意味である. ここで面白い例を述べる.コインが1枚あり,それを机の上でたたくと,1/2の確率でひっくり返るとする.これを繰り返したものをビデオで撮っておき,逆再生すると,それは不自然ではない.つまり時間の方向はないのである.これがコイン100枚の場合,すべて表から,半分の50枚表50枚裏の状態に近づいて行く.これを逆再生すると,明らかに不自然になり,時間がすすんでいたことがわかる.
自然界にもこのように時間の方向がないものがある.それはソリトンや乱流の自己組織化するものである.本作品では,このソリトンを時間の方向がないものとし,自分(人)が時間を生み出し,本来自らの中にある時間の軸を再認識することを目的とする. 本作品ではサイン・ゴルドン方程式を用いるが,この式は相対性理論を表現できる式である.運動する早さや方向により,物体(波)の長さが縮む. サイン・ゴルドン方程式により生み出されたプロダクトといくら似た動き(逆上がり)をしても,逆再生の映像を見たときにいかに人間が不自然で時間を持っているかがわかる. この作品を記憶に積み重ね,本来もつ自分の時間を発見してもらえたら嬉しい.
また,本作品の動力はダンパーグリスやを用いて摩擦をエネルギーとしている. 通常機械は,摩擦を嫌い摩擦をなるべく減らすようにつとめるか,タイヤのように摩擦を最大に利用して前進するようにする. しかし,本作品では摩擦を回転のエネルギーを補う目的として利用した. 自らが回転する力と摩擦による力が合わさったときに初めてこの作品が動き出すのである. 軸は180rpm(一秒で3回転)ほどで回転をしている.この回転速度により,棒に与える力を変えることができる. つまり,本作品は生物と機械の中間を位置しているといえる.
不完全さ
本作品には見ていて飽きない要素が含まれている. それはシミュレーションとは違う不完全さであり,本当の現実である. 動的な機構,ものの大きさ徐々に大きくしていくと,ある種の不完全さが見えてくる. そのときに出てくる不完全さは緊張感や不安を与える. 規則正しいなかにそのような不完全さが見えたとき,キネティックアートを超えた新しいものとなる. 人は不完全なものを失敗だと感じるかもしれないが,その不完全さこそ現実なのである. 現実の世界はシミュレーションではなく,もっと入り組んでいて複雑である. 情報(の価値)は、時間とともに失われる.これが情報における「エントロピー増大の法則」である. キネティックアートのような感動もあり,体験することによりさらに意味が深まる. 価値が時間とともに失われない,低いエントロピーで,かつエントロピーが増大しにくい作品である.
システム
モータ,インバータ,ベアリング,ステンレスの軸,紙筒,ゴム,鉄棒,カメラ,PC,プロジェクタ,鏡,グリス. 理想的な状態に近づけるために,モータの回転により摩擦で力をあたえる. 振り子を32本つくり,それぞれをゴムでつなげる.軸と振り子の間にダンパーグリスを塗る. 軸を回転させ,一端を回すとあとは波がつたわり,反射し続ける.普通の波とは違い,津波のようにエネルギーが固まって移動する. 鉄棒部分には歪みセンサーをつけ,逆上がりをしたのを検出できる. 逆上がりをしたら,前方に鏡のように流れていた映像が,逆再生となり,自分だけが不自然な動きをしているのがわかる.